すべては、ある日の食卓から始まりました。
この豆腐には、始まりの話があります。ひとつの家族の体験が、すべての出発点になりました。
食べることが、身体をつくる。
そう確信した日から、この豆腐は始まりました。
この豆腐には、始まりの話があります。ひとつの家族の体験が、すべての出発点になりました。
妻の病が、食と向き合わせてくれた
妻が大病を患ったとき、私はひとつの問いと向き合うことになりました。
妻に健康な身体を、どうやって取り戻すのか。
医療と並走しながら、私が着目したのは食でした。
伝統的な日本の食生活を調べ、実践するうちに、妻の体調は少しずつ変わっていきました。
そして主治医も驚くほどに症状が寛解し体調が整った妻は、一度あきらめるように言われた長男を出産し今に至ります。
完全に証明できることではないかもしれない。
それでも、食が身体に与える影響の大きさを、私はあの日々の中で確かに感じていました。
頭でわかっていたことが、腑に落ちた瞬間でした。
食べるものが、身体をつくる。その確信が、今の私のすべての出発点です。
日本人の身体に、豆腐はずっと寄り添ってきた
食を見直す中で、豆腐という食品の存在が大きく浮かび上がってきました。
豆腐は何百年もの間、日本人の食卓の中心にあり続けてきた食品です。良質な植物性タンパク質、イソフラボン、消化への優しさ——日本人の身体が必要としてきたものを、豆腐はずっと静かに補ってきました。
しかし同時に気づいたことがありました。現代の食卓に並ぶ豆腐の多くは、かつての豆腐とは大きく異なるものになっていました。効率と流通のために最適化され、添加物を加えられ、短時間で大量に作られるものへと変わっていったのです。
日本人の身体に本来必要だったのは、本来の豆腐ではないか。その問いが、私を動かし始めました。
途絶えさせてはならない製法が、すぐそこにあった
本来の豆腐とは何か。
そう考え始めたとき、私が暮らす地域のコミュニティの中に、伝統的な豆腐作りの製法がひっそりと残されていることに思い当たりました。
薪炊きの地釜で時間をかけて炊き上げる。
自然素材の器具だけを使い、添加物は一切加えない。
手間と時間だけをかけた、昔ながらの作り方でした。
大豆の純粋な香りと甘み、薪火がもたらす深いコク。
余計なものが何もないからこそ、素材の力がまっすぐ伝わってくる。
「昔の豆腐はこんな味だった」と言う人もいる。「ずっと探していた味だ」と言う人もいる。
それほどの力が、この製法には宿っていました。
しかしこの製法は、いつ途絶えてもおかしくない状況にありました。担い手が減り、効率化の波の中で、静かに消えようとしていた。
残さなければならない。そう思いました。この製法を引き継ぎ、必要としている人たちへ届けること。
それが自分にできることだと確信し、とうふ屋葉月を始めました。
非効率であることを、選んでいます
量を増やそうとすれば、やり方を変えなければなりません。
機械を入れ、工程を短縮し、添加物で品質を均一化する。そうすれば、もっと多くの人に届けることができます。
でも、やり方を変えれば、この豆腐ではなくなってしまう。
だから、1日最大50丁だけ作ります。
石臼で挽き、薪で炊き、自然素材の器具だけを使い、添加物は一切加えない。
手間がかかる分、時間がかかる分、作れる数は限られます。それでいいと思っています。
効率を手放すことで守られるものがある。その信念が、この豆腐を支えています。
食から、整えたいと思っているあなたへ。
健康づくりは、特別なことではないと思っています。
サプリメントでも、流行の食事法でもなく、毎日の食卓に本物の食品を一品加えること。
その小さな積み重ねが、身体を支える土台になっていく。
とうふ屋葉月の豆腐は、そのための一品でありたいと思っています。
更年期の変化を感じ始めた方、身体の土台をつくり直したいと思っている方、食から真剣に健康と向き合いたいと考えている方に、この豆腐が届いてほしい。
毎日の食事の中に、この豆腐を加えてみてください。続けることで、身体が変わっていくのを感じていただけると思っています。
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